よぶり火*

 

もう動かない母を見下ろしていて
悲しくはなかった。

 火の無い竈に蹲る黒い影を
 これからは見ないで済む
 背中の妹をあやす寂しい声を
 聞かないで済む

ねぱねばと血のような月が
小学校の上に現われる
子供が溺れ死んだ河原に行ってみると
よぶり火が
とろとろ葦の間で揺らめいている
生暖かい風が首に絡んでくる
走って帰ると
やっぱり母はいないのだ

あれからずっと
よぶり火を見ることはないが
三十三回忌の追善を済ませた夏の昼下がり
母が帰っているような気がしてならない
永い旅から
ああ疲れた=@と
二階にも
茶の間にも
母の気配がする
箱階段を上る白い素足
パーマネントの硬い髪
通信簿に眉をひそめ
ほら
座敷で青蚊帳がにおっている

*夜振火(よぶり火)
 夏の夜、カンテラ・電燈などに集まってくる川魚を簎で突く。

 


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